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【第13回】 追い風のとき“差し”は決まりやすいのか 《前編》 [ボートレース×統計学]

【第13回】 追い風のとき“差し”は決まりやすいのか 《前編》 [ボートレース×統計学]

「追い風ならイン、差し。向かい風ならまくりが効く」──

ボートレースをある程度知っている方なら、一度は耳にしたことがあるのではないでしょうか。

多くのファンの間で“常識”として浸透し、ボートレースの公式サイトでも触れられているほどの定説です。

追い風の時は第1ターンマークに波がたまって水面が不安定になり、スピードをつけたターンが流れやすくなる。逆に、向かい風の時は、インの加速がつかず、まくり艇は風の抵抗を受けてサイドがかかり、スロットルレバーを握って回りやすくなる。

BOAT RACE オフィシャルウェブサイト

でも、待ってください。これって本当に正しいのでしょうか──

決して疑っているわけではないのですが、統計学で確かめてみましょう。

今回の検証テーマと「追い風」の定義

今回のテーマは「追い風のとき、差しは決まりやすくなるのか」です。

まず検証を始める前に、「追い風」とは何かを明確にしておきましょう。

ボートレースの風向は、公式サイトでは16方向で示され、さらに“無風”を加えた17パターンで表されています。

レース実況などでは「追い風」「向かい風」「横風」の3つで表現されることもありますよね。

この記事での「追い風」の定義を示した図。ボートの進行方向に対して後方7方向から吹く風を追い風として扱う。

ここでは、16方向のうち進行方向に対して後方となる7方向からの風を「追い風」と定義します。

この条件下でおこなわれたレースのデータを使って、差しの出現率が全体と比べてどう変わるかを調べていきましょう。

対象レースを絞り込む──風速の基準とは

それでは、実際にどのデータを使うかを整理していきます。

今回は、ある半年間におこなわれたボートレースのうち、先ほど定義した追い風条件に当てはまるレースを集計しました。

そこで気になったのが、風速です。

集計したデータの風速を確認すると、その平均値は2.78メートルでした。

切りのよい数字として風速3メートル以上を境目に設定し、追い風のレースをさらに絞り込みました。

その結果、対象となったのは5,942レース。集計結果は以下のとおりです。

追い風3メートル以上における決まり手“差し”の出現率比較。全体の出現率11.8%に対し、追い風3メートル以上では出現率15.3%、対象レース数5,942を示している。

風速3メートル以上の追い風のとき、差しの出現率は15.3%──見た目では全体より上昇していることがわかりますね。

追い風3メートル以上における決まり手“差し”を検証するためのデータ抽出イメージ。全27,046レースから「差し」3,195レースと「風速3メートル以上の追い風」5,942レースを抽出し、両方の条件を満たす908レースを検証対象としている。

「差しが増えた」を確かめるための手法

それでは、先ほど集計したデータにおける差しの"上がり具合"が偶然の範囲なのか、それとも明確に上がったといえるものなのか──統計学に判断してもらいましょう。

仮説検定の進め方をまとめたフロー図。「手法を選ぶ(青色)」から「有意水準を設定する(緑色)」「仮説を立てる(黄色)」「検定統計量を計算する(オレンジ色)」「帰無仮説を判定する(赤)」までの流れを示している。

検証を進める前に、まず使う手法を決めておきます。

今回は「全体の差しの出現率」と「風速3メートル以上の追い風時の差しの出現率」という、ふたつの比率を比べることが目的です。

ある事柄の割合と全体の割合を比べる際には、母比率の検定という手法を使います。

さらに"差しが増えるかどうか"だけでなく"全体と違いがあるかどうか"を広く確認するため、両側検定を採用します。

偶然と必然の境界線を引く

仮説検定の進め方をまとめたフロー図。ここでは、緑色の「有意水準を設定する」に着目。

次に、「どこから先を偶然ではないと判断するか」の基準を決めておきましょう。

これが有意水準とよばれるものです。

過去の記事でも解説していますが、ここでは一般的によく使われている5%を採用しています。

"5%未満の確率でしか起こらないことは、偶然ではなく必然とみなす"というルール設定ですね。

この基準から、仮説を採用するか否かを判断する棄却限界値±1.96となります。

一群の母比率検定で使用する両側検定の判定イメージ。棄却限界値±1.96を境に、左右が棄却域となることを示したグラフ。

上のグラフのピンク色の部分が棄却域とよばれるその領域です──

検証のシナリオを先に書いておく

仮説検定の進め方をまとめたフロー図。ここでは、黄色の「仮説を立てる」に着目。

手法が決まり、有意水準の設定も終わりました。では、上の黄色の部分に進みましょう。

仮説検定では、あらかじめふたつの仮説を立てておきます。

まず、検証の軸となる帰無仮説は「風速3メートル以上の追い風のときの差しの出現率は、全体の出現率と違いがあるとはいえない」とします。

そして、帰無仮説が否定(棄却)されたときに採用する対立仮説は「風速3メートル以上の追い風のときの差しの出現率は、全体の出現率と違いがあるといえる」です。

この帰無仮説を採用するのか、不採用にするのか──統計学に判定してもらいましょう。

はたしてどのような結果になるのでしょうか──

3つの値を整理して検定統計量を求める

仮説検定の進め方をまとめたフロー図。ここでは、オレンジ色の「検定統計量を計算する」に着目。

実際に計算へ進む前に、必要な値を整理しておきましょう。

母比率の検定に使うのは、先ほど集計した3つの値です。

基準の確率は全体の差しの出現率である11.8%、調べた確率は風速3メートル以上の追い風レースにおける差しの出現率15.3%、調べた数は対象レース数の5,942でしたね。

追い風3メートル以上における決まり手“差し”の検証で使用する数値一覧。基準の確率11.8%、調べた確率15.3%、調べた数5,942を示している。

これらを使って検定統計量を算出していきます。

母比率の検定では、次の式を使います──

一群の母比率検定で使用する検定統計量の計算式。

ここに先ほどの値を代入すると、こうなります。

先の計算式に標本比率15.3%、母比率11.8%、標本数5,942を代入し、統計量8.28を算出している。

計算の結果、検定統計量は8.28となりました。

グラフが語る──やはり差しは決まりやすくなる

仮説検定の進め方をまとめたフロー図。ここでは、赤色の「帰無仮説を判定する」に着目。

算出した検定統計量8.28を、判定用のグラフに当てはめましょう。

追い風3メートル以上における決まり手“差し”を検証した一群の母比率検定の判定用グラフ。棄却限界値が±1.96に対し、統計量8.28は棄却域にあることを示している。

検定統計量8.28は、右側の棄却域に大きく入っています。

これは帰無仮説を棄却し、対立仮説「風速3メートル以上の追い風のとき、差しの出現率は全体と違いがある」を採用することを意味します。

さらに値がプラス側にあるため、差しは全体より出現率が高い方向に違いがある──

つまり「風速3メートル以上の追い風のとき、差しは決まりやすくなる」──統計学がそう結論を出したのです。

定説はやはり本当でした。データがそれを裏付けてくれています。

念のため1メートル下げて検証してみた

ここで、少し気になったことがあります。

期間内における風速の平均値から採用した「風速3メートル」という設定は、本当に妥当なのか──

そこで1メートル下げて、風速2メートル以上の追い風だったレースでも同じ検証をしてみました。

追い風2メートル以上における決まり手“差し”の出現率比較。全体の出現率11.8%に対し、追い風2メートル以上では出現率14.7%、対象レース数8,580を示している。

対象レースは8,580レースに増え、差しの出現率は14.7%です。

こちらも全体と比べて上昇しているように見えますが、先ほどと同じ手順で確かめてみましょう。

風速2メートル以上の追い風における決まり手“差し”の出現率を、母比率の両側検定(有意水準5%)で検証する概要図。帰無仮説・対立仮説・検定統計量を整理。
追い風2メートル以上における決まり手“差し”を検証した一群の母比率検定の判定用グラフ。棄却限界値が±1.96に対し、統計量8.14は棄却域にあることを示している。

検定統計量は8.14となり、右側の棄却域に入りました。

風速の境目を2メートルに変えても、差しが決まりやすくなるという結論は揺るぎません──

なお、風速2メートル以上のデータには3メートル以上のレースも含まれています。

ここでの検証は「範囲を広げても傾向が続くか」を確かめるものだとお考えください。

「追い風なら差し」は正しかった──でも続きがある

今回の検証でわかったことをまとめましょう。

風速3メートル以上の追い風のとき、差しの出現率は11.8%から15.3%へと上昇し、その変化は「違いがある」と統計学が判断しました。

風速の境目を2メートルに変えても、同じ結論が得られています。

つまり、今回の設定下では「追い風なら差し」──定説は、データでも裏付けられたのです。

ただ、気になることがあります。

差しの出現率が上がったということは、ほかの決まり手にも何か変化が起きているのではないでしょうか。

「ある割合が大きく上昇しているなら、別のどこかが下がっているのでは?」と考えるのは自然なことですよね。

後編では全ての決まり手に目を向け、この定説をさらに紐解いていきます──