ボートレースの向こうに見える確率
私がこの考え方に辿り着くまでに、気づけば8年という時間が過ぎていました。
こうして文章にしてみると、「なんてことのない話だ」と思われるかもしれません。けれども、私にとっては遠回りばかりの長い道のりでした。
その時間が無駄だったとは、まったく思っていません。あの試行錯誤があったからこそ、今の自分があると思っています。
ただ、もう少し早くここに辿り着きたかった――正直に言えば、そう思うこともあります。
ボートレースにおける「敵」は何なのか
ボートレースを「的中させる」という視点で考えるとき、私たちはいったい何と戦っているのでしょうか。
私は、「確率」と、そして「自分自身」以外にないと思っています。
では、私たちはこれらの強敵にどう立ち向かうべきなのでしょうか。今回はそのことについて考えてみたいと思います。
本当は、皆さんもすでに分かっているはずなんです。けれど、目の前のレースに集中しすぎて、つい忘れてしまうことも多いですよね。
それでは、「確率」について考えてみましょう。
次のようなおとぎ話を想像してみてください。なお、このストーリーでは「引いた玉は箱に戻す」というルールがあるものとします。
神様と花子さんの「確率の箱」
ある日、花子さんは神様からひとつの不思議な箱を渡されました。
「この箱にはいくつかの玉が入っていて、そのうちのいくつかは“当たり”だよ。もしその当たる確率を突き止めることができたら、欲しいものをあげよう」と言われ、花子さんは挑戦することにしました──。
皆さんなら、この確率をどうやって推測しようと考えるでしょうか。
おそらく、昼夜を問わず、寝る間も惜しんで玉を引き続け、確率を調べるはずです。それしか方法がないことに、皆さんもすぐ気づくと思います。
けれども、もしかすると私たちの知らない「確率の裏技」があるのかもしれません。
果たして花子さんは、どんな行動を取ったのでしょうか。続きをご覧ください。
ネットに溢れる不確実な情報たち
ところが花子さんは、「ちょっと面倒だな」と思い、この箱についてSNSで調べることにしました。
すると、同じように神様から箱を渡されたという人たちがいて、さまざまな情報が飛び交っていました──。
情報が溢れている今の時代、この気持ちは分からなくもありません。花子さんもまた、現代的な考え方の持ち主だったようです。
SNSには「16%」「34%」といった数字が並んでいましたが、どうやら多くの人が「25%前後ではないか」と言っているようでした。
「この中で本当の正解はどれなんだろう」と考えた花子さんは、自分で確かめてみることにします。
彼女はそのくじを100回引いてみました。すると、ぴったりとは一致しなかったものの、結果は「25%」に近い値になったのです──。
100回の試行が教えてくれる真実
花子さんがそのあと何を手に入れたかはさておき、この話から分かることがあります。
もし彼女が「34%」という情報を信じていたなら、100回の試行を終えたとき大きな不安に駆られたでしょう。
34%の事象を繰り返せば結果も34%付近に落ち着くはずですが、実際には25%という結果になったのです。
逆に「16%」を信じていたなら、思っていたより高い確率で当たり、喜びと同時に「情報と違う」という違和感を覚えたはずです。
いずれにしても、花子さんが100回試して得た“自分の手で確かめた25%”という数字こそが、何よりも意味を持っているのです。
それが、この話の一番大事なポイントなのです。
水上の確率──ボートレースに当てはめる
これをボートレースに置き換えてみましょう。
ボートレースの結果も、毎レースごとにくじを引いているようなものです。ただし、もう少し複雑です。
出走するレーサーの特徴やモーター、気象条件など――勝敗に影響を与える要素が毎レース異なるため、いわば「中身の違う箱でくじを引く」ようなものです。
ただ、先ほどのおとぎ話と同じように、結果そのものはすでにどこかで「決まっている」と私は考えています。
そして、残念ながら私たちの力でその結果を変えることはできません。
つまり、ボートレースの予想とは、「レース結果に自分の推測をどれだけ近づけられるか」を試されている――そういうものだと、私は感じています。
花子さんが見つけた「25%」の正体
では、花子さんはなぜ「約25%」と見当をつけることができたのでしょうか。
それは、くじを長く引き続けたからこそ見えてきた結果です。
確率というものは、一見すると気まぐれに見えますが、「試行を繰り返すことで真の値に近づいていく」という性質を持っています。
目の前のレースが当たるかどうかを正確に知ることは難しくても、多くのレースを積み重ねるうちに見えてくるものがある――それが確率の“収束”です。
つまり、確率の本当の姿は、長い時間と多くの試行の中でしか見えてこないものなのです。
なので私は、推測を確率に近づける精度を高めるために、過去のデータを分析し、一定のルールのもとでボートレースの予想を行っています。
どんな予想も最終的には的中率に収束する
ひとくちにデータ分析といっても、その形はさまざまです。
特定の要素に注目する人もいれば、複数の要素を組み合わせて研究する人もいます。
あるいは、私のようにボートレース全体を俯瞰して捉える人もいます。
また、出走表や展示航走といった限られた情報の中から、経験や勘を頼りに予想する人も少なくありません。
けれども、どのような方法を取っても、長く続けるうちに結果はその人の予想法なりの「的中率」に収束していきます。
日によって波はあるものの、その的中率こそが確率の“真の姿”であり、そこを追求することが、堅実で、そして最短の攻略法であることは、もうお気づきのとおりです。
最後に立ちはだかるのは“続ける力”
とはいえ、「一定のルールで予想して楽しいのか?」と問われれば、返答に迷います。
ですが、最初に触れた「自分自身との戦い」とは、まさにこのことです。
ボートレースは不的中の方が圧倒的に多く、心が折れそうになる瞬間もあるでしょう。
それでも、自分の分析や立てた目標が間違っていなかったと実感するためには、途中で諦めず、何度でも自分に打ち勝つしかないのです。
そして、目の前の結果だけに一喜一憂するのではなく、「自分が目指していた方向は間違っていなかった」と心から思える瞬間に、私は今、喜びを感じています。
なぜならそれは、神のみぞ知る確率に、ほんの少しだけ近づけた瞬間だからです──
「確率」を味方にするという生き方
今回の話は、決して難しいものではありません。
同じボートレースを愛する者として、日々の中で自然と根づいてきた考えを、ただ言葉にしただけのことです。
とはいえ、私たちはつい目の前のレースに心を奪われてしまい、こうした視点を忘れがちになることもあります。
しかし――ボートレースを明日も楽しみ続けるためには、何より「長い目で見る」ことが大切です。
広い視野を持つことが、結果として心の余裕を生み、的中や不的中に一喜一憂しない強さへとつながっていきます。
もし今、確率という見えない相手と真剣に向き合っているなら、この話の中から、何かを盗み取って帰ってもらえたら嬉しく思います。