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宝くじはどの店で買っても同じ「でもない」

宝くじはどの店で買っても同じ「でもない」

ボートレースには夢が詰まっています。的中したときの快感、それが高配当だったときの興奮──

それは私たちがボートレース好きだからかもしれませんが、身近にある“夢”といえば、宝くじもそのひとつでしょう。

定期的に超高額当選が出る宝くじが発売され、売り場には長蛇の列ができることも珍しくありません。

お気づきかもしれませんが、宝くじも立派なギャンブルです。

私はその列に並ぶことはありませんが、「同じ血が流れている人たちだな」と、ついニヤニヤしながら眺めてしまいます──

夢を買う行為の裏にある“数の論理”

前提として、私は勝てないとわかっているギャンブルには手を出したくないので、宝くじは買いません。

ただ、今回のタイトルの結論を先にお伝えするなら、私も「宝くじを買い続けるとするなら、どこの売り場で買ってもほぼ同じ──だろうな」と考えています。

とはいえ、「同じだ」と言い切るのは、少し乱暴かなと感じています。

少なくとも「1回だけ買う人」には、「宝くじを多く仕入れていそうな売り場で買ってみたら?」と、私なら助言するでしょう。

理由は至ってシンプルで、仕入れが多ければ、そこに当たりも多く含まれているはずだと考えるからです。

売り場の規模が確率を動かす?

宝くじの当選確率は、すべての発行枚数と当選枚数から計算されているはずです。これを“理論上”の値としましょう。

それが各売り場に分配されるわけですから、当然、多く仕入れた売り場の方が当選券を抱えていると推測されます。

ならば、「その売り場が」仕入れた宝くじの枚数とそこに含まれる当選枚数によって、「その売り場で買った人」の当選確率が決まる──そう考えるのも自然な流れでしょう。

ただ、これを長く続けることで、公式に発表された確率に収束していく──これが「大数の法則」です。

とはいえ、「収束」とは“理論上”の確率に「近づく」だけで、ぴったり同じになるわけ「でもない」のです──

コイントスに潜む心理の罠

ギャンブルの話題ではよく、「“そろそろ当たる”という思考は危険だ」と言われます。

宝くじを買う方も、もちろんボートレース好きの方も、こうした感情になることがあるのではないでしょうか。

私も多分に漏れず、そう思ってしまうひとりです。

この話をもう少し掘り下げるなら──たとえば、コイントスで5回連続で裏が出たとしたら、「そろそろ表が出そうだ」と感じてしまいますよね。

ただ、「目の前の1回」も、表と裏の確率は「他と変わらず」2分の1ずつなのだ──という、お決まりの忠告です。

確かに、「そろそろ当たる」という期待に頼りすぎるのは、危険な勘違いです。ただ、それ以上に私は、その結果を受けてどのように立ち振る舞うか──その姿勢のほうが重要だと考えています。

「でもない」が顔を出す瞬間

ここからはボートレースの話も交えて進めていきましょう。

たとえば、宝くじにしろボートレースにしろ、「目の前の1回」の確率は他と変わらないのでしょうか。

先ほどお話しした通り、「目の前の1回」の宝くじの当選確率は、その店が仕入れた枚数に含まれる当選券の数で決まる以上、微差とはいえ、常に同じ「でもない」はずです。

ボートレースでいえば、的中率が25%の人が「目の前の1レース」で的中する確率は、はたして25%なのでしょうか──

私は、大声で「でもない!」と叫びたいです。

その的中率とは、手元の予想法データから導き出した便宜上の理論値に過ぎず、本来知ることのできない「そのレース固有の真の確率」とは違うからです。

的中率25%の裏にある揺らぎ

とはいえ、ボートレースの的中率は、自身の予想法の精度を測るうえで重要な指標であることは間違いありません。

さらにいえば、実際の事象を集計し数値化した、信頼できる唯一の値と言っても過言ではないでしょう。

ギャンブルという性質上、圧倒的に外れることが多い中でも的中を積み重ね、理論値に近づけていく──人によって目指す的中率は違えど、そんな苦難と向き合いながら、私たちは日々ボートレースを楽しんでいるのです。

ですが、先ほども触れた通り、皆さんの「目の前の1レース」の的中率は、皆さんの理論値と一致するのでしょうか。

もし私が“「目の前の1レース」の的中率”について聞かれたなら、「知ることは至難の技だ」と答えるでしょう──

各レースが抱える固有の確率

先ほどの“そろそろ当たる”が危険という思考は、「目の前の1回は常に他と同じ確率だ」という前提でした。

けれども、ボートレースや宝くじは、各回が同じ確率なわけ「でもない」ので、この考え方はそのまま当てはまらないと私は思います。

そこで、知ることが難しいとされる「目の前の1レース」の的中率に、あえて強引に数値を当てはめてみましょう。

もしかすると、あるレースでは的中率が5%かもしれないし、40%かもしれません。

また別のレースでは10%かもしれないし、60%かもしれません。

どこかのレースでは、25%とたまたま一致することも──稀とはいえ、あるかもしれないのです。

確率の波に乗る者、溺れる者

もしその日、“見えない的中率”が低いレースばかりが集中していたとしたら──そこに投票し続けても、当然、的中しにくい状況になります。

もちろんその逆もあり、そのときは理論上の値を大きく上回ることもあるでしょう。

これが「確率の波」であり、それこそが確率の“本質”だと私は思っています。

だからこそ、コイントスとは違い、ボートレースで「そろそろ当たるかも」と期待してしまうのは、ある意味、自然なことだと思います。

私たちは、コイントスのような単純なゲームでは語れないほどのステージで、確率と向き合っているのです。

では、“そろそろ──”と思っていながら、そうならなかったとき、私たちはどう立ち振る舞えばよいのでしょうか。

収束は終わりではなく過程

それは、確率の“本質”を追い続けるしかありません。

たとえば、今回のお話の中でも、確率に関するワードがいくつも登場しました。「理論上の確率」、「大数の法則」、「指標となる確率」──

これらの意味合いをしっかり理解できていれば、間違った方向に進むことはまずないでしょう。

これらはすべて、長く続けることを前提とした考え方なので、「目の前の1回」のような短いスパンで捉えるのはナンセンスです。

では、その確率はいつ収束するのでしょうか。

「長く続ける」を数学的にいえば、それは「無限回」です。つまり、私たちはボートレースを続ける限り、いつまで経っても「収束」の道の途中なのです──

本質を知る者は焦らない

今回は、ボートレースや宝くじの“確率”という側面から見た一面についてお話ししました。

ただ、その“本質”とは、何も確率のことだけではありません。

皆さんがこれまでボートレースと向き合ってきた、その知識のすべてが“本質”であり、何よりの財産です。

それをフルに活かして、舟券成績の向上を目指していきましょう。

私はこれからも記事を通して、数字で見たボートレースの“本質”を皆さんにお届けできればと思っています。何かのお役に立てば幸いです。

最後に、ここで一言だけ。そのコイントス、実は2分の1「でもない」かもしれませんよ──

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。